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  03/2010
  弔うということ  
M.Sさん
 
 “ 私なんか 幸せになれない・・・ ”

 何度目かのセッションを終えてようやく私の人生を歩いていけそうな、そんな時、ふとそんな想いに私は囚われていました。
過去のしがらみのせいで、自分の人生を思うように進めなかった私にとって、“幸せになる”ということは何より私の願いだったはずなのに・・・。私らしく生きてゆけないから、苦しくてたまらなかったはずなのに・・・。
だけれど、心の中でこんな言葉もこだまするのです。
“自分の為に幸せになる? そんなわがままを周りが許してくれると思うのか?”。
“人を犠牲にして生きてきたくせに、自分だけ幸せになれると思うのか?”。

 その瞬間、闇の中に孤独にうなだれ、せつないまでに自分を責めている男性の姿がみえたのです。
私の中で苦しんでいる何かがある・・・。
そう感じた私は、もう一度前世療法を受けてみようと思ったのです。


 彼の名前はジン。忍び装束を着た実直そうな青年でした。
ジンは戦いの起こる古い時代の日本に生まれ、両親とまだ赤子の弟と四人で暮らしていました。
しかしジンが5歳のとき事故に巻き込まれ、ジンだけを残して家族全員を亡くしてしまいます。
両親はジンを庇(かば)って亡くなった為、幼いジンの心には家族を助けられなった自責の念で胸が張り裂けそうでした。
たとえ何も出来なくて当然な無力な子供でも、いや、だからこそ、その念はより強くジンを縛り上げてしまうのです。
幼いジンにとって自分の感情や家族だけが世界の全てでした。
それだけに、不条理な事故で自分の全てだった家族を失う事が、ジンには耐えられませんでした。何かのせいにでもしなければ、とても生きてゆけなかったのだと思います。そして身寄りのないジンは、戦(いくさ)の続く乱世では格好の人材でした。
どんな劣悪な扱いをしても、人道に反すると責める者もおらず、たとえ死んだところで悲しむ者もいない。
ジンはわずか5歳にしてそんな冷酷で無慈悲な忍びの世界に身を置くこととなってしまうのです。


 時は流れ、ジンは死線をくぐり抜けるような訓練をも耐え抜けるほどの逸材となっていました。
その時ジンは15歳、元服する年齢となり、ついに実戦という非情な世界に足を踏み込んでいきます。
耳を塞ぎたくなるような悲鳴、怒号・・・、身も凍るような切れ切れの断末魔・・・、敵側の間者(かんじゃ)としての嫌疑をかけられた人々を監獄へと連行しろという命(めい)が下り、尋問という名の拷問をしなければならない葛藤する日々の中、ジンは思うのです。
“何故、このような事をしてまで自分は生きているのか? 両親が身を挺しても守ろうとした自分の命(いのち)は、逆に他者の命を奪う形となってしまっている・・・。本当にこんな非人道的な行為が世の為になるというのか?
怖れをもつがゆえに人を疑い人を信じられずにいる君主の為に、平穏に生きたいと願う民を虐(しいた)げる必要がどこにあるというのか・・・? 間者の嫌疑をかけられた人々は、金の為に雇われた者も少なからずはいましたが、ほとんどはその真偽さえ定かではない普通の民なのです。
ただ、ジンの仕えていた君主はとても臆病だった為、少しでもその疑いのある者が、自分の領内にいることに耐えられなかったのです。
そしてそんな君主をみて、自分もまた同じ臆病者だとジンは思っていました。
心の中でどんなに苦悩していても、自分の居場所を失い、裏切り者の烙印を押され殺されてしまう恐怖をみると、とてもそんな思いをしてまで助けたいとは思えなかったからです。
どんなに他者を圧倒する強大な権力や力をもっていても、己自身の不安や弱さを支える力にはならなかったのです。
そんな激動する時代をジンは駆け抜け、疑問を抱きながらも任を果たさずには生き延びられないわが身の儚(はかな)さに、己の感情すらも切り捨てながらジンは25歳になり、ついに最後の時を迎えることとなりました。


 燃え盛る城下・・・、泣き叫び逃げ惑う人々・・・。
長きに渡る戦(いくさ)を経て、ついに陥落するまでに至ってしまったこの国の末路を眼下に見下ろし、ジンはその元凶たる君主を、この期に及んで死に怯え震えるしかないこのただの人を、それでも護らなければならないのかと迷い続けていましたが、どうにもならないほどに何もかもが崩れゆく一刻を争う時の中で、もはや選択する権利など忍びとしてのジンには有り得ません。
君主を連れ、数名の仲間と共に城から脱出します。しんしんと降り頻る雪の中、一軒のあばら家を見つけ暖をとっていた時、その炎の光によって逃げおおせた多くの村人達に見つかってしまい、自分だけが生き延びようとする君主の姿に、今まで虐げられてきた村人達の怒りが一気に吹き上がります。
咄嗟(とっさ)に刃(やいば)を構え応戦しようとしたジンの視界のその先に、同じように怒りに燃える子供の姿がありました。
その姿に、幼い頃亡くしてしまった両親や弟の姿が重なります。
その一瞬のためらいがジンの命運を決めました。
どっと押し寄せる人の群れ。その切先(きっさき)が次々にジンの身体に伸し掛かります。
溢れ出る自分の血が妙に暖かく感じられ、痛みよりも何故か自分もまた人として生きていたのだと実感してしまうのです。
どんなに人非人(にんぴにん)と蔑(さげす)まれようとジンも同じ赤い血をもつ人であり、鬼になれる訳もなかったこと・・・。君主や仲間達の最期の声を聞きながら、その時になって初めてジンは人としての幸せを知ることもなく終える己の哀(かな)しさを知ったのです。


 ジンが次に目醒めたその場所は、果てしなく広がる闇の中でした。
“自分は死んだのだろうか・・・”。漠然ともつ自らの死の感覚に、激しい焦燥感にかられジンは駆け出します。
“それならば早く家族に会いたい・・・。会って助けられなかった事を詫び、楽になりたい・・・”。たとえ今さら身勝手なと罵(ののし)られても、ジンの心にはその他になす術が思い付きません。
しかし行けども行けども漆黒の闇ばかり。
“誰もいないのか・・・? 何故、何もないのだ・・・? ここは死後の世界ではないのか・・・!?”
焦燥感が恐れに変わり、ジンを駆り立てます。
恐怖に魂が引き裂かれそうになり、両親の名を必死に呼びながらその姿を追い求めます。
しかし、ふいにジンは声を上げ続けることに空しさを覚え、そのまま倒れるように足を止めます。
“今さら自分の過ちを嘆くだけで、何をしようというのか・・・。自分のような物が極楽浄土に行けるなどおこがましい・・・。これは罰なのだ。ただ、死を恐れるがあまりに魂の抜けた傀儡(かいらい)に成り下がり、君主の命(めい)とはいえ外道なことをし続けた当然の報いなのだ・・・”
ジンは死後の世界にあって、ようやく自分の心が深い慚愧(ざんき)の念に病んでいたことを知ったのです。


 現世の私にもそんな私の為に生きることを恥かしいと思う気持ちがありました。
心のどこかで、いつも人の迷惑になっていないか、役に立てているだろうかとビクビクと怯えていたように思っていました。
そして不運な時の方が何故か安堵してしまう私もいました。
 “幸せにならないこと”。それが人から自身の罪を責められない唯一の道のように感じていました。
しかしジンの闇の世界でこんな声がこだまします。“それが本当に弔いになるというのですか?”と。
“もしそれが罰だというのなら、両親や人々の死から目を背けてはなりません。この暗闇から出て両親に会いに行きましょう”。
先生の力を借りて、私はジンと共にその声のする方へ歩いて行きます。
すると目映(まばゆ)い光が射し込み、ジンの魂は優しく天へと導かれてゆきます。
清々しいほど澄んだ青空の下、ジンはようやく家族と再会を果たすことになりました。
「よく生き抜いてくれた、ジン・・・。本当にご苦労だった」。
死に別れた時のままの若々しく穏やかな両親の姿と、無邪気に笑う弟の姿を前にジンは後ろめたい気持ちが胸に広がります。
「父上・・、母上・・、弟も・・、何故そんな風に自分を見つめられるのです? 自分は決して人に誉められるような生き方などしていない。自分は家族を・・・、たくさんの人々を犠牲にしてまで生きてしまった者なんですよ。何故責めないのですか?」。
ジンは絞りだすようにうなだれて言葉を紡ぎます。
ジンの父は言います。「ジン、何を言うか。命あるものが、生きようと必死にもがくのは当然のことだ。そして身寄りのないお前が他にどんな生きる術を得られたというのか・・・。それはお前のせいではないのだぞ・・・、ジン」
諭すようなその言葉に、ジンははじかれたように今まで言えなかった本心を語ります。
「でも・・・、自分は人を虐げ犠牲にしてまで生きていたくなどありませんでした!それなのに、自分は・・・、死が恐ろしくて何も・・・、何も出来ませんでした・・・。自分は卑怯者です。父上も母上も自分を責めればいいのに・・・。何故許そうとするのですか?」。
溢れ出す涙をぬぐいもせずジンは叫びます。
「それは誰もあなたを責めていないからですよ、ジン」。労(いた)わるような母の声がジンの胸をつきます。
「あなたは忍びとして君主の為に生きねばなりませんでした。それはどうしようもない事です。そしてあなたも人としての自分の行き方を犠牲にして生きてきました。あなたとて被害者なのに・・・。それに、これほどの大きな時代の流れを、あなた一人がどうして背負えたというのでしょう・・・。私はあなたの母として本当に不憫に思っていました。あなたは本当はただ・・・、人として幸せになりたかっただけなのに・・・」。
するとジンの母は涙を流しながら、弟と共にジンを抱きしめてくれます。
「幼いあなた一人を残してつらい想いをさせたこと・・・、ずっと悔やんでいました。私達こそ詫びねばならなかったのに・・・。本当にごめんなさい」。
母の温もりに抱かれて、ジンは一つ一つの自らを縛っていたいくつもの念が解かれていくのを感じていました。
父もジンや家族の肩を抱きながら語ります。



「その通りだジン・・・。お前に罰があるというのなら私達にもその罪がある。お前一人が責めを負うなど、間違いなのだ。ジン・・・。お前一人に苦しい思いをさせてしまった事・・・、本当にすまなかった・・・。だが、父として私は最期まで必死に生き抜いたお前を誇らしく想っている」。
その父の澄んだやわらかい眼差しは、ジンを力強く包み込んでくれます。
−−−しかし・・・、とジンは想います。「しかし・・・、自分は国の為に犠牲になった村の人達に申し訳がなく、あれ程の犠牲をだしたというのに国は滅びてしまって・・・。それを想うと悔やんでも悔やみきれません・・・」。深く嘆くようにジンは呟(つぶや)きます。
すると「忍びの方・・・、わしらはもう誰も恨んどりゃしませんよ・・・」。
ふと気が付くとジンや家族の周りに村人達が静かに佇(たたず)んでいました。
そして一人の老人が言います。「わしらも怒りにまかせて若いあんたを手にかけた。わしらもあんたも、たくさんのものを奪って・・・、奪われてしもうた・・・。だがの、もうわしらの時代は終わったんだ・・・。わしらに済まないと思うなら、もう自分を責めんでくれ・・・。わしらは誰も恨んじゃいない・・・。ただ・・、静かに眠っていたいだけなんだ・・・」。その言葉にジンは感謝すればいいのか、謝罪すればいいのか迷いました。
しかし、その老人のあまりに凪(な)いだ眼差しをみて、自分だけが悔やみ苦しんでいたのではなかったのだと知りました。
憎しみにかられて人を殺してしまったこと−−−。
この老人も村人も、またジンと同じように奪い合いをすることしか出来なかった自らの運命を、生前は悔やんでいたのかもしれません。
しかし、その生涯を終えて今ここで想うことは、お互いを責めることではなく、その生を許し合い、その死を受け入れることだったのかもしれません。
ジンは流れでる涙で自分の今までの感情を浄化しながら、己の魂が光に満たされ、全ての運命を受け入れるという想いにいたりました。
そしてそこにいた全ての人々も、同じように安らかに光に包まれて消えていきました。


 ジンが亡くなった後、闇に閉ざされてしまったのは、過酷な運命や現実を直視したくないという自らの想いゆえでした。
自分の生きたいように生きられなかった後悔もあり、全ては何も出来なかった自分のせいなのだと思い込むことで、己自信の運命を否定していたかったのだと思います。
けれど過ぎてしまった事実を変えることは出来ないように、ジンの人生もまたその時代の残酷な流れに利用された魂の一つでした。
それならば否定するのではなく、傷ついていた己の魂さえも弔い、その一つ一つの失くしてしまった命から目を背けないこと・・・。そしてその想いを無駄にすることなく、これからの未来に活かしていくこと・・・。それはとても正面から向き合うのに勇気がいる事でしたが、それをジンと共に理解し、その傷みを受け入れられただけでも、私にとっては嬉しいことでした。


 “幸せ”というものが何なのか、確かな未来は私にはまだわかりませんが、一つだけ言えることは、私自身が“幸せ”を望んでいる限り、その未来をあきらめたり、手放したりしなくていいことなんだ、と理解できたことです。
そして私の命ある限り、ゆっくりと、生きたいように歩いていけばいいんだと、まるで肩の力を抜くように想えるようになりました。


 私達は人生という体験を通して学んでいますが、ジンの人生は過酷なものでした。
自分ではどうにもできないこともあります。過酷だったからこそ多くの学びもあるのです。
この体験を通してM.Sさんはお互いを思いやる心、お互いに許しあうことの大切さを学びました。
M.Sさんが望んでいる未来・・・、
肩の力がぬけた今、輝いていることでしょう。
 文中の画像はM.Sさんの作品です。
                         (れもん)